QRコード開発

1994年、それまでのコード読み取りの概念を大きく変えた出来事があった。QRコードの登場だ。
手掛けたのは、デンソーウェーブの技術者。開発の指揮を執った原昌宏にその秘話を、
またQRコードを活用したサービス・システムを展開する、システムソリューション事業の田野敦に今後のビジョンを聞いた。

AUTO-ID事業部 技術2部 技術2室 室長 原

QRコードは、製造現場の声から生まれた

1980年代までに、製造業界、物流業界、小売業界をはじめとして幅広く使われてきたバーコード。しかし「90年代に入ると、製造現場は多品種少量生産へシフトしたことを背景に、より詳細な生産管理が求められ、それにともなってバーコードの大容量化が求められはじめていました」と原は語る。
1992年、デンソーでバーコードスキャナや光学文字認識(OCR)装置の開発に携わっていた原昌宏は、製造現場から「もっとバーコードの読み取りを速くできないか?」という要望を受けた。

当時、生産現場では、バーコードを書類上に複数並べることで容量の限界をカバーしていた。しかし英数字で最大20文字ほどの容量しか格納できないバーコードでは、作業者は1日に約1000回も読み取りを行わなければならず、逆に効率が悪くなっていた。

当初、バーコードスキャナの改良でこれらの要求に応えようとしていた原だったが、徐々に限界を感じていた。また折しも製品の小型化が進み、小さい面積に印字できるコードが求められていた。
「より多くの情報を持ちながら、コンパクトで、高速で読み取れ、漢字カナにも対応するコードを開発しよう」
原は新しいコードの開発を決意した。

新しい2次元コードの開発がスタート

2次元コードは、バーコードが横方向(1次元)にしか情報を持たないのに対し、縦と横の2次元に情報を持たせることができる特長がある。
原たちの開発チームは、たった2人で新しい2次元コードの開発をスタートさせた。
開発チームにとって一番の課題は、どうしたら高速にコードを読み取れるかという問題だった。2次元コードはバーコードに比べ、スキャナが位置を認識しにくいためである。

そんな中、原は「『ここにコードがある』という目印をつけたらどうだろうか」というアイデアを思いついた。
そのアイデアをもとに考案されたのが、コードの隅に配置された3つの「切り出しシンボル」だった。この印を2次元コードの中にいれることで、スキャナがコードの位置を正確に認識することができ、高速読み取りが可能になるのでは、と原は考えた。

しかし、切り出しシンボルの形状の開発は困難を極めた。
似た形状の図形がコードの近くにあった場合、正しく認識することができないためだ。
このような誤認をさけるため、切り出しシンボルは唯一無二の形状でなくてはならない。
そこで原たちは、チラシや雑誌、段ボールなどに印刷されている絵や文字をすべて白黒に直して、その面積の比率を徹底的に調べ上げることにした。
開発チームは数えきれないほどの印刷物の調査を日夜続け、とうとう印刷物の中で「一番使われていない比率」を突き止めた。それが1:1:3:1:1であった。

かくして切り出しシンボルの白黒部分の幅の比率が決められた。走査線が360度どの方向から通っても、この独自の比率を探せばコードの位置が割り出せる仕組みが生まれたのだった。

開発プロジェクトがスタートして1年半、幾多の試行錯誤の結果ついに数字で約7000文字、漢字の表現も可能という、大容量でありながら他のコードより10倍以上のスピードで読み取ることができるQRコードが誕生した。

現場での使用に強いQRコード

QRコードが開発される以前から2次元コードは存在したが、それらにはないQRコードのメリットがある。徹底的に「業務現場での使用に強い」ことだ。

まず、油などの汚れが付着する製造現場で強みを発揮する「汚れ・破損に強い」こと。
製造現場でやり取りされる書類は、油などで黒く汚れることが多く、バーコードが汚れてしまうとスキャナで読み取れなくなる。
QRコードは、コードの一部が汚れで欠損しても正しく読み取ることができる「誤り訂正機能」を持たせることにより、この問題をクリアした。

次に、「読み取りやすい」こと。
人間の手で読み取るハンディスキャナや、製造現場のラインで流れる部品のコードは、読み取る角度は毎回異なる。そのため、素早い読み取りを実現するためには、コードの位置を正確に認識する必要がある。
QRコードは、「切り出しシンボル」が3つのため、コードの位置を正確に認識することができるのだ。

最新の製品に受け継がれる、
QRコードを生んだコアテクノロジー

デンソーウェーブは、1980年代初期からバーコードスキャナを製造しており、製造業などに供給していた。
「それまで私たちは、バーコードやOCR、音声認識などの技術開発に励んでいました。そのため、画像処理やデコード、文字認識といった技術の蓄積があり、読み取りしやすいコードを開発することができました」と原は語る。
これらのノウハウをもとに、現在まで優れた認識アルゴリズムを開発しつづけている。これが、デンソーウェーブのAUTO-ID製品がQRコードの読み取り性能に優れている最大の理由である。

QRコードの新たな「うれしさ」

当初の製造業界にとどまらず、現在はチケットや広告などさまざまな用途で使用されているQRコード。
デンソーウェーブは、1994年のQRコード発表後も、データの読み取り制限機能を持ちセキュリティ性を高めた「SQRC」や、コード内にキャンバス領域を持ち意匠性を高めた「フレームQR」など、社会のニーズに応えるべくQRコードを進化させてきた。

その進化は現在もつづいており、QRコードとクラウドを組み合わせることで新たな価値を提供している。それが、「Q-revo」だ。
これは、QRコードの生成・配信・読み取り・データ蓄積を行うクラウドサーバ「Qプラットフォーム」と、スマートフォン用アプリ「QRコードリーダ“Q”」を活用することにより、トレーサビリティや、真贋判定、決済・ポイント、クーポン、入退管理などを可能にするサービスだ。
「ユーザー目線に立ったQRコードを活用したシステム開発に取組みたいと考えています」と、システムソリューショングループの田野敦は語る。

QRコード開発メーカーのノウハウは、次なる「うれしさ」につながっている。

Popular Prizeを受賞

欧州特許庁が2006年から毎年1回、技術的、社会的、経済的に優れた発明を表彰する「欧州発明家賞」。2014年、QRコードが急速に普及し、幅広い地域・年代の一般消費者に認知されていることが評価され、QRコード開発チームはPopular Prizeを受賞した。

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